Yurika Kodama Official blog

広島県出身、東京藝術大学大学院卒。ソプラノの小玉友里花のブログです。日々の出来事やオペラや歌曲など音楽についてのあれこれ、演奏会情報などを更新しています。

サルビアの秘密

 こんにちは。

 一雨ごとに秋が深まり、しんしんと寒さが滲み入る季節になってきました。


 つい先日のこと、運動不足解消のために散歩していたら、青いラベンダーに似た花を発見したのです。

 

f:id:kodamayurika:20201022220020j:plain

撮影者:mochi0830さん


 この写真のような花で、見覚えがあるような無いような、謎の既視感に襲われました。

形は「サルビア」のようで、しかしサルビアは「赤」というイメージがありました。

そこで「青いサルビア」と調べてみると、私がみた花もサルビアで間違いなく、青いサルビアが存在することを知ったのです。

 
 そもそも私が「サルビアは赤色」というイメージを強く持っている理由には、私のレパートリーでもあります中田喜直作曲《サルビアの影響が大いにあったのだと思います。

 

中田喜直作曲『サルビア』とは?

 

サルビアは赤い花だわ

その花は血の色だわ〜♪

 
 冒頭は何やら物騒な歌い出しですが、女性のリアルな情感を見事に音楽に昇華させた日本の名歌曲です。

(今回は参考動画が無いのですが、「サルビア」をお聴きになりたい方がいましたら最後におすすめのCDを記載しておきますのでご参照ください。)

 後に載せる詩全文を読むとちゃんと分かるのですが、この「血の色」という表現は、血潮のように情熱的な色であることを表現しています。過去の燃えるような恋愛に想いを馳せて、女性の情念が歌われているのです。


 そこでふと、この詩を書いた堀内幸枝の詩集に手を伸ばしてみたところ、驚くべきことが分かりました。

 


 原詩が全く違ったのです。

 


 まずは、慣れ親しんでいる中田喜直作曲の『サルビア』の方の歌詞を掲載します。

 

 

サルビア

 
サルビアは赤い花だわ

その花は血の色だわ

わたしはその花をみつめていたとき

急に愛の言葉を口にしたのね

 


夏の風はあったかいわ

嫉妬する熱風だわ

かん高い感情の中でとどまった

ふたりの顔に吹きつけていたのよ

 


サルビアのはなびらを

いっぱいふりかけてちょうだい

まっ赤な色にふちどられて叫んだ

あのときをもいちど想い出したいの

 

 


 そしてこれが堀内幸枝の原詩の『サルビア』です。

 

 

サルビア

 
サルビアの花瓣を体に一杯ふりかけて頂戴

その花の色は血の色だわ

わたしはそれを見ていた時

自分の中に急に火事がおきたんだわね

そしてまつたく突然悲鳴をあげて

愛の秘語を口に出してしまったのね

海辺の藻は猫のように足下にじゃれていて

嫉妬する キリコグラスの風と波

 


甲高い感情の中でとまどっていたあなたの顔だか

あの空と海の二枚のカンバスの中へ

火事から飛び出した秘語を

真赤に塗りつけてしまったんだわ

叫びが消えてから一

その瞬間をもう一度ゆり起こそうとか

それから先を聞こうとか

そんな野暮なことはいやね!

あの真赤なサルビアの花瓣を体に一杯ふりかけて頂戴

その色素にふちどられてわたしが叫んだと言う

光の玉のような瞬間の火事を

花の中に返してやろう。

『堀内幸枝全詩集』より

 

 


 だいぶ装いが違いますよね。

 歌曲の方ではすっきりと整理されて、見た目にも非常にスマートです。過去の恋愛を思い出し、その情熱の日をもう一度渇望する女心が、どこか大人の女性のようなしなやかさを持って語られます。

 対して原詩の方はどうかというと、語り手の女性の言葉数は非常に多く、心の中の言葉が次々と溢れ出て止まらない、といった乙女のような女性像を感じさせます。

 


その瞬間をもう一度ゆり起こそうとか

それから先を聞こうとか

そんな野暮なことはいやね!

 
 というところなんかは、とてもおませでチャーミングな印象さえありますね。 

 


 中田喜直の方では、「夏の風はあったかいわ 嫉妬する熱風だわ」と言い切っていますが、堀内の原詞では、「嫉妬する キリコグラスの風と波」となっていて、"キリコグラス"という涼しげな夏の季語を添えて季節を提示しつつ、嫉妬という熱い感情を結びつけています。

私の想像ですが、キリコグラスに反射して映った影やグラス越しに見える歪んだ景色が、ゆらゆらと燃える火のようで、「嫉妬」と結びつけたのでしょうか。とても面白い言い回しで、省略してしまったのが少し惜しいです。

 そもそも、こんなに原詩と違う曲に私はあまり出会う事が無かったので、中田喜直がどうして作曲の段階でここまで変えてしまったのかもとても気になります。

おそらくですが、自由律で書かれた散文的な詩を音楽にするのは少し困難で、形を整えて三連の詩に作り替え、音楽の起承転結を明確にすることで、音楽の中にドラマ(音楽全体にメリハリ)を作りやすくしたかったのだと私は考えています。

 
 それでも余計なお世話かもしれませんが、ここまで変えてしまっては、堀内幸枝はどんな心境だったのだろうということも少し気になります。

もちろん本人も納得の上で曲は世に送り出されたのだと思いますが、こんなに元の詩と違うと、これはもはや中田喜直の言葉を歌っていると解釈しても違えないようにさえ思います。

最近でも、原作と作者が別の漫画や小説がありますから、大袈裟にいえば、そのような感じで「堀内幸枝=原作者」と「中田喜直=作者」のような関係になってしまっているのがまた面白いです。

 

 とはいえ、流石は中田喜直です。

 冒頭のピアノ伴奏で突風のような鮮やかなアルペジオを使って、言葉無くしてこの”嫉妬するキリコグラスの風”を見事に表現しています。しかもそれが冒頭に勢いを持って登場するので、曲が始まるや否やアドレナリンが一気に高まるような目の覚める演出。寝てる観客もきっと目が覚めることでしょう。またインパクトだけでなく、どことなく中田喜直独特の上品さが漂い、女性らしいしなやかな美しさを持った見事な曲だと思います。


 次にまた訪れる夏に、この情熱的な赤いサルビアの名曲を、これまでと違った女性像で歌ってみたいなぁ、と思った秋散歩のひと幕なのでした。

 

f:id:kodamayurika:20201023090030j:plain

撮影者:ぷぅさん

 サルビア」が収録されたCDと楽譜はこちら↓

 

  

 

 

 最後に、YouTubeの更新のお知らせです。

今回は『オー・シャンゼリゼ』を歌いました。

パリのきままな恋模様を歌った世界中で愛唱されるシャンソン(小唄)です。

 

《オー・シャンゼリゼ》リモートで二重唱してみました。ソプラノ–小玉友里花、メゾソプラノ–松浦恵



 
 歌い出しは私のパートですが、ノリノリ元気で、ちょっと気合が入りすぎた声になりました。でもそれくらい楽しく歌ったので、聴いてる方にも楽しさが届くといいなぁと思ってます。

 それから、Youtubeを始めてからスタートしたことですが、 わたし動画編集の作業が結構好きみたいです。「今回はこんなニュアンスにしようかな〜」と考えている時がすごく楽しいのです。
細かい作業を黙々とするのが好きな性分がこんなところで生きてくるなんて思ってもみませんでした。まだ編集にだいぶ時間がかかってしまうので、少しずつスキルアップしていきたいと思います。

 

 最近少しずつですがお仕事が戻ってきて、ほとんどは録音のお仕事ですが、歌える場が戻ってきました。数は少ないですが、その分一つ一つの本番がこれまで以上にとても尊くて、大切なものに思えます。

 目標が明確に現れたことで、ようやくエネルギーが湧いてきてます。

 

 これからも歌えることに日々感謝をして、前向きに頑張っていきたいと思います。

 それでは、また。

小玉友里花