Yurika Kodama Official blog

広島県出身、東京藝術大学大学院卒。ソプラノの小玉友里花のブログです。日々の出来事やオペラや歌曲など音楽についてのあれこれ、演奏会情報などを更新しています。

いつも心に おひさま を

 こんにちは。

 いよいよワクチン接種が開始され、これから少しずつ世の中が変わっていく兆しが出てきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 

 私は何か新しいことを学びたいという意欲から、春から社会学や哲学、文化社会学などあまり知識のなかった新しい世界に足を踏み入れて、楽しく学ぶ日々を過ごしています。音楽の世界は奥が深くて、詩や題材一つ取っても、そこには歴史や文化や思想が幾重にも広がっていて、勉強仕切れないほどに奥が深く、やっぱり私は音楽の世界が好きだなぁとしみじみと感じてしまいます。

 私が学んだことをブログに書きたいと思いつつ、なかなかインプットに明け暮れている日々なので、今年の学びも整理していつかちゃんと記事にしたいと思っています。

 

 さて、少し間が空いてしまったのですが、YouTubeの方は今回もゆりめぐチャンネルのスペシャル編曲バージョンで新しい演奏をアップしています。

 

「おひさま〜大切なあなたへ」リモート二重唱

 

 今回は平原綾香さんの歌う「おひさま〜大切なあなたへ」をチャンネルのコメント欄からリクエストいただき、チャレンジしてみました!今回もゆりめぐチャンネルの二重唱用に編曲版を演奏しています!(楽譜はこちらからダウンロード可能です。)

 恥ずかしいようなむず痒いような感じですが、今回はドレスで着飾らない普段のありのままの姿で歌っている姿を、動画に織り込んでみました。
 自分で見返すと笑ってしまうのですが、今回も心を込めて動画を作りました♪ コンサートが気楽にできない今、少しでも生演奏感覚で楽しんでもらえたら嬉しいです。

 この曲は原曲を聴いたことがある方はお分かりかと思いますが、平原綾香さんの強みである幅広い音域を使って、低い音はかなり低く、一方でサビは盛り上がりと共に音域も高くなっていくので、幅のある音域に右往左往しながらも、全体を通して声色の統一感を持って歌うのが難しい曲でした。しかし、歌っているうちに曲や詩が持っている温かさに、歌っている自分自身もじんわりと温まってきて、心が解放されたような気持ちになりました。

 こうして歌に込めたエネルギーや想いで、誰かの心に光を当てられる”おひさま”のような役目を果たせたらいいな、なんていうのは私の傲慢かもしれませんが、たとえば、向日葵の花が自然とおひさまの光に顔を上げるように、誰かの沈んだ心に光を当てられるような、そんな心に寄り添える歌を歌っていきたいな、と改めて思いました。

 

 今後も私らしく、私達らしくYouTube活動を続けていきたいと思います♪

 

演奏会出演のお知らせ

 久々に演奏会出演のお知らせをさせていただきます!

高崎音楽祭2021に若手オペラ歌手22人の男女混声スペシャルユニットシャローネシンガーズの一人として出演させていただきます。

 

日時 :2021年9月23日(木・祝) 15:00開演(14:00開場)
会場:高崎芸術劇場 大劇場

 

 高崎音楽祭は群馬県高崎市で行われる秋の恒例イベントだそうで、今年は観客を減らしたり、検温や消毒を実施したりと、感染対策を取って2年ぶりに開催されるそうです。 

 また、この音楽祭ではクラシックやポップス、ジャズなど多彩なジャンルの演奏があり、別の日程にポップスでは中島美嘉さんや、ゴスペラーズさんなども出演されるそうです!

 そんな音楽の魅力がぎゅっと集まったような素敵な音楽祭に参加できるなんて早くもワクワクが止まりません。
 私もメンバーの一人として心を込めて歌うので、ぜひご予定をして足を運んでいただけましたら幸いです!

詳細はこちら↓ 

www.takasakiongakusai.jp

 

 最近は、はっきりとしない梅雨空が続いていますが、心にいつもおひさまを持って、のびのびと(でも無理はし過ぎないで、)頑張っていきたいですね!

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        Photo by Jackson David

それでは、また。

 

小玉友里花

この冬を越えて

こんにちは、久々の投稿になります。

緊急事態宣言下の冬もそろそろ終わりを迎え、少しずつ春らしい陽気になってまいりました。

どんな1年でも必ず春は来るのだなぁと、ちょっと不思議な感動を覚えています。桜や春の草木が芽吹き街が鮮やかになってきて、心もほぐれていくようです。

2ヶ月以上ブログを更新してなかったので、この冬の様々な出来事をダイジェスト報告したいと思います。前ブログもこんなまとめ記事を書いていましたね・・・笑

なんてマイペースなんでしょう。

 

では早速、この冬を振り返ります。

 

場数がないこと

1月、2月とほとんど歌の収録のお仕事や、オンラインレッスンなどをしていました。

若い生徒さんの成長が目覚しく、若くてやる気溢れる学生さんの歌声を聴いていたら、私自身の励みにもなり、何度も救われました。

心を痛めるのは、私も含めて、演奏の場があまりないことです。これは結構大変な問題で、特に音大受験を目指している学生さんにとっては、発表の場がないと、成長のタイミングを失うことになりかねません。
 何度も人前で演奏すること、いわゆる「場数を踏む」ことが大きな経験値になるので、小さな本番一つとってみても大きな糧になるのです。この1年はそれがあまりに少なかったので、本当になんとかしてあげたくてもどかしく思いました。

 私もソロの演奏があまりに久しいと普段の10倍くらい緊張してしまうので、次の本番が”嬉しい”より”不安”が勝ってしまうようになり、情けない気持ちです。正直、アンサンブルのお仕事の中で短いソロを頂いても、稽古場でさえすんごく緊張してしまう始末・・・。もともととてもあがり症ですが、本当に困ってしまいました。

 この1年どのような1年になるか、誰にも先は見えませんが、少しでも学生さんや音楽家の皆様が輝ける日常が戻ってくることを本当に願っています。

 

ハルモニアアンサンブル

ありがたいことこの上ないのですが、なんとあのハイレベルな合唱グループのハルモニアアンサンブルの様々な企画に参加させていただき、島根・徳島・岩手と遠方出張の3公演や、クラス合唱150曲という壮大な企画にも参加させていただきました。

 ホールでの響きや生でアンサンブルをする楽しさを忘れずにいられたのは、本当にハルモニアアンサンブルのお陰です。出来うる感染症対策をしながらの稽古や、素晴らしいメンバーの皆様と共に声を合わせられて有意義な時間を過ごさせていただいました。

 「クラス合唱150曲」の企画は数回に分けて収録が行われ、先日ついに第1回目の投稿『旅立ちの日に』が公開されました。こちらです♩


旅立ちの日に/ハルモニア・アンサンブル/クラス合唱150曲を歌う/卒業特集

私の学生時代に慣れ親しんだ名曲だったので、今歌っても新鮮な感動がありました。

今年は多くの学校で卒業式が行われず、とても寂しい思いをしている子供たちも多いと聞きました。

少しでも前を向いて歩いていける力になったり、歌声で皆様の卒業の思い出を彩れたら幸いに思います。

 

かくいう私も、卒業式とは縁の薄い人生でした。

中学校の卒業式はとある病気の手術で欠席、高校の卒業式は大学受験と重なり欠席したので、なんの励ましにもなりませんが、卒業式に参加できない寂しさと言うのは少し分かります。

でもきっとこれまでの学生生活や友達との思い出は、これからも自分の心の中にあって、歳を重ねるごとに思い出は輝きを増していくので、大丈夫です。

卒業生の皆様が、新しい未来に前を向いて歩んで行けますように・・・私も願っています。

 

この企画は今後も順々にハルモニアアンサンブルの公式YouTubeにて公開されていきますので、ご興味がある方は是非チャンネルを登録してお楽しみただければと思います。

↓今月のラインナップ

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YouTube動画の更新

声を重ねるといえば、YouTube活動もマイペースに楽しく続けています。

ありがたいことにチャンネル登録者様が200人を越えました。

一生懸命作った動画をご視聴いただけたり、チャンネル登録や高評価は本当に励みになります。

 

この冬は、アイルランド民謡を元にした、谷山浩子さん作詞の「家族の風景」と、松田聖子さんの「瑠璃色の地球」をリクエストいただき、歌ってみました。

 


《家族の風景》(手嶌葵) リモートで二重唱してみました。ソプラノ–小玉友里花、メゾソプラノ–松浦恵

『家族の風景』は、アイルランド民謡「Down By The Salley Gardens」のメロディーにシンガーソングライターの谷山浩子さんが独自に日本語の歌詞をつけた楽曲です。手嶌葵さんによってカバー演奏され、九州電力のCMなどにも起用されました。馴染みのあるメロディーに乗せられる温かな詩によって、家族の尊さや、普段の何気ない日常さえ愛おしく感じさせてくれる素敵な一曲です。

 


《瑠璃色の地球》リモートで二重唱してみました。ソプラノ-小玉友里花 メゾソプラノ-松浦恵 編曲&ピアノ-高野泰輔

瑠璃色の地球』は、1986年に松田聖子さんによって歌われてから、今も色褪せず愛されている名曲です。

以前よりリクエストを頂いていたので、ピアニストがゆりめぐの二重唱のために編曲を献呈してくださいました。

キラキラとした優しさに溢れた、あたたかな編曲となっております。

このゆりめぐバージョンの楽譜はダウンロード販売もしております。デュエットや2部合唱などにもおすすめです。よろしければぜひ歌ってみてくださいね!

www.kokomu.jp

 

 

2曲とも私も恵ちゃんも大好きな曲で、冬の間も暖かな気持ちで過ごすことができたのはまさに音楽の力かもしれませんね。

私たちの演奏が、誰かの心に寄り添えますように。

 

これからもマイペースに、私らしい音楽を奏でていきたいと思います。

応援よろしくお願いします。

それでは、また。

小玉友里花 

クリスマスの贈り物

メリークリスマス!

すっかり冬らしくなって、私は毎日冷えとの戦いの日々です。

実は私は寒さに結構弱くて、毎年寒暖差アレルギーで耳鼻を悪くしてしまう季節なのですが、クリスマスシーズンのこのキラキラした季節だけは本当に大好きなんです!

ということで今年のクリスマスに何かできることはないか考えたところ、

 

そうだ!クリスマスソングをプレゼントしよう!

 

という考えに至り、ゆりめぐチャンネルでクリスマスソングを2曲公開しました!

 Silent Night きよしこの夜 (英語+日本語歌唱)


《Silent Night 〜きよしこの夜〜》リモートで二重唱してみました。ソプラノ–小玉友里花、メゾソプラノ–松浦恵

O Tannenbaum もみの木 (ドイツ語歌唱)


《O Tannenbaum 〜もみの木〜》[ドイツ語歌唱・日本語訳付き] リモートで二重唱してみました。ソプラノ–小玉友里花、メゾソプラノ–松浦恵


動画はすでにクリスマス前に公開しているので、もう観てくださった方もいらっしゃると思います。なので、今回のブログ記事は、収録の裏話をします。
いつもどんな風に動画を作っているのか、などなどお話していこうと思います。

 

① ゆりめぐ会議

会議という名の、オンラインお茶会(ビデオ通話)を開催して、次に何を歌うか決めます。

大体本題が始まるのはいつも2時間ほど話してからだったり、近況報告をしているうちに人生相談になってしまうことも多々ありますが、最近は我々仲良しの傾向をようやく学び、最初に大体決めるトピックをメモにまとめておいてから電話するようになりました。

そんなこんなで曲を決め出すのですが、歌いたい!と思う曲が必ずしも楽譜があるわけではなく、ましてや2声の楽譜が都合よく存在することはなかなかありません。

そこで、考えられる手段としては、

1、持っている楽譜にハモリを加える

2、持っている3声や4声の合唱譜を2声だけで歌う

3、良い編曲の2声の楽譜があって音域が合わなければ移調楽譜を作る

4、楽譜を1から作る

などなど・・・。
2は元々の合唱曲を愛している方からするとなんだか申し訳ない気持ちになりますし、4はそもそも大変なことです。(でも今回の「もみの木」はお忙しい中、ピアノの高野泰輔さんがオリジナル編曲をしてくれて、本当に歌手2人感無量でした。)

いろいろ選択肢はあるものの、すんなり決められず、会議は結構難航していしまうことが多々あります。

楽譜を作ってみたけれど、リモートで音を重ねるのに難しい楽曲で、お蔵入りした曲もあります。いつか出せると良いなとは密かに思っています。

 

②いざ、収録!

収録をします。持っている中で一番良い性能の録音機を使って録音します。
ソロならば、響きの良い会場で録る方が素敵なのかもしれませんが、絨毯が敷いてあって全く響かない空間の方が多重録音には向いていると思います。残響がないので、タイミングが分かりやすいですし、その後の音編集でも重ねやすいです。
なので、普通にお部屋の中で録っています。その代わり歌う方は地味に苦しいですが、まぁそこは苦しさを感じさせずに歌う訓練と思って耐えているのはここだけの裏話です。なんちゃって。

ちなみに、一度音楽スタジオで収録したことがあるのですが、コロナ禍の経営悪化のせいか、ピアノの調律があまりよくなかったことがありました。ビヨビヨとしていて、レコードから流れる音のようでちょっとビックリしたんです・・・。実は「オー・シャンゼエリゼ」はその会場で撮ったものですが、動画編集の際に少しレトロチックに動画を仕上げたら、寧ろ良い具合にレトロなポップ調になったのでその時は結果オーライでした。

私と恵ちゃんは現在遠い地に住んでいるので、まず私がピアノと歌の演奏を送り、それに合わせてハモリパートを歌ってもらいます。テンポがゆったりになったり早くなったり変化のある曲は音だけだと合わせづらいことが多いので、私がオーバーに動きながら歌っている動画を送って、それに合わせて歌ってもらうこともあります。息のタイミングを合わせるためにも体が映っている方が断然分かりやすいのです。

恵ちゃんはいつも何テイクも送ってくれるので、その中で一番良いハモリを選んで重ねられます。ありがとう!

 

③音を重ねる

音編集用のソフトを使って音を重ねます。
先ほども申しました通り、残響のないところで歌ったものなので、そのままだと残響が皆無です。ですので自然な響きを作るために、リバーブ(エコー)のついた音に編集します。ホールで歌うための発声である声楽や、ホールでの音響効果も研究されて作られたピアノという楽器を聴いていただくのは、ホールで生の響きで聴いていただくことが勿論最良です。なので、オンラインに演奏をアップするとき、なるべくお家でコンサートを楽しめるという感覚を目指して編集しています。

残響を少し付けたからといって歌が格段にうまくなる訳ではないので、多少の音声編集をどうか、どうか...!お許しください。

そんなこんなで重ねた音声が完成しましたら、いよいよ動画作成です。

 

④動画作成 

 動画担当は毎回変わります。
今回の2つの動画は、「きよしこの夜」が私、「もみの木」が恵ちゃん作です♪

実は私、この作業がとても好きなのです。1日中動画編集をしていても全然心折れなくて、むしろ楽しめてしまうので、案外第2の人生があったらこういう業種も楽しいなって思ったりします。まだまだ技術はないのですが、もっと勉強してみたいと思うくらい。
それに、動画編集をやっていると、この曲にどんなイメージを持っているかを具体的に映像に表せるのがやっていて楽しいポイントの一つです。ちょうど良い素材がなかなか見つけられなくてプランを変更したりすることもありますが、それも新しい音楽の魅力発見のように思えて楽しいのです。

私の場合、動画ソフトは2、3種類を使い分けて作っています。1つのソフトで完結するときもあれば、文字の出し方に拘りたいときはパソコンや携帯をデータが行き来することもあります。こだわり始めると終わらなくなってしまうので、どの辺で良しとするかがいつも悩むポイントです。

 

⑤概要欄

動画をアップしたら、概要欄にメッセージを書きます。
あまり見られないところではあると思いますが、メッセージと一緒に音楽を楽しんでもらえたら良いなと思って書いています。曲の成立について書くこともあれば、その時々の私たちの思いや、曲を選んだ経緯などをお話しする文章を作っています。動画担当と概要欄担当という風に分けているので、この工程も二人が交互に行っています。

 

⑥いよいよ公開

実は公開ボタンってすごく緊張するんです。

歌声って、自分のアイデンティティと言いますか、裸を見せるようなことだと思ってて、その歌動画がもしブーイングされたら、心がとても折れてしまうんです。

今は、演奏を発信している演奏家さんや、多くのインフルエンサーさんの心境を知って、私も心が強くなったので、そこまでのチキンハートではないですが、これで良いのかな、もっとできることあったかな、と考え始めるとそのボタンを押すことがなんと重い作業か・・・

動画が公開された際には、そのような葛藤の末に打ち勝ったんだな、と思って頂けましたら幸いです。

 

 

以上、ゆりめぐチャンネルの裏話でした。

ただの赤裸々な舞台裏公開になってしまい、あまりクリスマスらしい記事ではないのですが、クリスマスの贈り物動画を、より楽しんで観て頂ける材料になりましたら幸いです!

それではみなさま素敵なクリスマスをお過ごしくださいね♪

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Photo by Yevhen Buzuk

Merry Christmas !

小玉友里花 

 

サルビアの秘密

 こんにちは。

 一雨ごとに秋が深まり、しんしんと寒さが滲み入る季節になってきました。


 つい先日のこと、運動不足解消のために散歩していたら、青いラベンダーに似た花を発見したのです。

 

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撮影者:mochi0830さん


 この写真のような花で、見覚えがあるような無いような、謎の既視感に襲われました。

形は「サルビア」のようで、しかしサルビアは「赤」というイメージがありました。

そこで「青いサルビア」と調べてみると、私がみた花もサルビアで間違いなく、青いサルビアが存在することを知ったのです。

 
 そもそも私が「サルビアは赤色」というイメージを強く持っている理由には、私のレパートリーでもあります中田喜直作曲《サルビアの影響が大いにあったのだと思います。

 

中田喜直作曲『サルビア』とは?

 

サルビアは赤い花だわ

その花は血の色だわ〜♪

 
 冒頭は何やら物騒な歌い出しですが、女性のリアルな情感を見事に音楽に昇華させた日本の名歌曲です。

(今回は参考動画が無いのですが、「サルビア」をお聴きになりたい方がいましたら最後におすすめのCDを記載しておきますのでご参照ください。)

 後に載せる詩全文を読むとちゃんと分かるのですが、この「血の色」という表現は、血潮のように情熱的な色であることを表現しています。過去の燃えるような恋愛に想いを馳せて、女性の情念が歌われているのです。


 そこでふと、この詩を書いた堀内幸枝の詩集に手を伸ばしてみたところ、驚くべきことが分かりました。

 


 原詩が全く違ったのです。

 


 まずは、慣れ親しんでいる中田喜直作曲の『サルビア』の方の歌詞を掲載します。

 

 

サルビア

 
サルビアは赤い花だわ

その花は血の色だわ

わたしはその花をみつめていたとき

急に愛の言葉を口にしたのね

 


夏の風はあったかいわ

嫉妬する熱風だわ

かん高い感情の中でとどまった

ふたりの顔に吹きつけていたのよ

 


サルビアのはなびらを

いっぱいふりかけてちょうだい

まっ赤な色にふちどられて叫んだ

あのときをもいちど想い出したいの

 

 


 そしてこれが堀内幸枝の原詩の『サルビア』です。

 

 

サルビア

 
サルビアの花瓣を体に一杯ふりかけて頂戴

その花の色は血の色だわ

わたしはそれを見ていた時

自分の中に急に火事がおきたんだわね

そしてまつたく突然悲鳴をあげて

愛の秘語を口に出してしまったのね

海辺の藻は猫のように足下にじゃれていて

嫉妬する キリコグラスの風と波

 


甲高い感情の中でとまどっていたあなたの顔だか

あの空と海の二枚のカンバスの中へ

火事から飛び出した秘語を

真赤に塗りつけてしまったんだわ

叫びが消えてから一

その瞬間をもう一度ゆり起こそうとか

それから先を聞こうとか

そんな野暮なことはいやね!

あの真赤なサルビアの花瓣を体に一杯ふりかけて頂戴

その色素にふちどられてわたしが叫んだと言う

光の玉のような瞬間の火事を

花の中に返してやろう。

『堀内幸枝全詩集』より

 

 


 だいぶ装いが違いますよね。

 歌曲の方ではすっきりと整理されて、見た目にも非常にスマートです。過去の恋愛を思い出し、その情熱の日をもう一度渇望する女心が、どこか大人の女性のようなしなやかさを持って語られます。

 対して原詩の方はどうかというと、語り手の女性の言葉数は非常に多く、心の中の言葉が次々と溢れ出て止まらない、といった乙女のような女性像を感じさせます。

 


その瞬間をもう一度ゆり起こそうとか

それから先を聞こうとか

そんな野暮なことはいやね!

 
 というところなんかは、とてもおませでチャーミングな印象さえありますね。 

 


 中田喜直の方では、「夏の風はあったかいわ 嫉妬する熱風だわ」と言い切っていますが、堀内の原詞では、「嫉妬する キリコグラスの風と波」となっていて、"キリコグラス"という涼しげな夏の季語を添えて季節を提示しつつ、嫉妬という熱い感情を結びつけています。

私の想像ですが、キリコグラスに反射して映った影やグラス越しに見える歪んだ景色が、ゆらゆらと燃える火のようで、「嫉妬」と結びつけたのでしょうか。とても面白い言い回しで、省略してしまったのが少し惜しいです。

 そもそも、こんなに原詩と違う曲に私はあまり出会う事が無かったので、中田喜直がどうして作曲の段階でここまで変えてしまったのかもとても気になります。

おそらくですが、自由律で書かれた散文的な詩を音楽にするのは少し困難で、形を整えて三連の詩に作り替え、音楽の起承転結を明確にすることで、音楽の中にドラマ(音楽全体にメリハリ)を作りやすくしたかったのだと私は考えています。

 
 それでも余計なお世話かもしれませんが、ここまで変えてしまっては、堀内幸枝はどんな心境だったのだろうということも少し気になります。

もちろん本人も納得の上で曲は世に送り出されたのだと思いますが、こんなに元の詩と違うと、これはもはや中田喜直の言葉を歌っていると解釈しても違えないようにさえ思います。

最近でも、原作と作者が別の漫画や小説がありますから、大袈裟にいえば、そのような感じで「堀内幸枝=原作者」と「中田喜直=作者」のような関係になってしまっているのがまた面白いです。

 

 とはいえ、流石は中田喜直です。

 冒頭のピアノ伴奏で突風のような鮮やかなアルペジオを使って、言葉無くしてこの”嫉妬するキリコグラスの風”を見事に表現しています。しかもそれが冒頭に勢いを持って登場するので、曲が始まるや否やアドレナリンが一気に高まるような目の覚める演出。寝てる観客もきっと目が覚めることでしょう。またインパクトだけでなく、どことなく中田喜直独特の上品さが漂い、女性らしいしなやかな美しさを持った見事な曲だと思います。


 次にまた訪れる夏に、この情熱的な赤いサルビアの名曲を、これまでと違った女性像で歌ってみたいなぁ、と思った秋散歩のひと幕なのでした。

 

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撮影者:ぷぅさん

 サルビア」が収録されたCDと楽譜はこちら↓

 

  

 

 

 最後に、YouTubeの更新のお知らせです。

今回は『オー・シャンゼリゼ』を歌いました。

パリのきままな恋模様を歌った世界中で愛唱されるシャンソン(小唄)です。

 

《オー・シャンゼリゼ》リモートで二重唱してみました。ソプラノ–小玉友里花、メゾソプラノ–松浦恵



 
 歌い出しは私のパートですが、ノリノリ元気で、ちょっと気合が入りすぎた声になりました。でもそれくらい楽しく歌ったので、聴いてる方にも楽しさが届くといいなぁと思ってます。

 それから、Youtubeを始めてからスタートしたことですが、 わたし動画編集の作業が結構好きみたいです。「今回はこんなニュアンスにしようかな〜」と考えている時がすごく楽しいのです。
細かい作業を黙々とするのが好きな性分がこんなところで生きてくるなんて思ってもみませんでした。まだ編集にだいぶ時間がかかってしまうので、少しずつスキルアップしていきたいと思います。

 

 最近少しずつですがお仕事が戻ってきて、ほとんどは録音のお仕事ですが、歌える場が戻ってきました。数は少ないですが、その分一つ一つの本番がこれまで以上にとても尊くて、大切なものに思えます。

 目標が明確に現れたことで、ようやくエネルギーが湧いてきてます。

 

 これからも歌えることに日々感謝をして、前向きに頑張っていきたいと思います。

 それでは、また。

小玉友里花

郷愁の赤とんぼ

 こんにちは。すっかり秋めいてきましたね。
秋風が肌を撫でる瞬間の、この言葉に形容しがたい気持ちといったら・・・。
身震いするほど大好きな季節の到来です。

 

 しばらく更新がご無沙汰になっていましたが、何をしていたのかと言いますと、実は先日、姉の結婚式がありました。

 コロナの影響で延期になっていた式がようやく開催できたので、家族の感動も一入で、普段から涙脆い母は輪をかけて涙をこぼし、普段からひょうきんな父もいつも以上にニコニコと笑顔をこぼしていました。

 結婚式を挙げる報告をもらった時、まだコロナが流行する前だったので、姉から「歌の生演奏をして欲しい」と言われていましたが、残念ながらまだ油断は出来ない状況なので、事前に収録した演奏を動画に編集して、それを放映して頂きました。

 動画となると、私の歌っている立ち姿だけでは間がもたないので、両家の昔のアルバムなどから収集した写真を使って動画編集をしたのですが、本当に懐かしい写真がいくつも出てきて、幼少期の記憶にふとタイムスリップしては作業の手が幾度も止まりました。

 

 姉が嫁に行く。

 このことに、ふと山田耕筰の『赤とんぼ』の曲が頭に浮かびました。

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撮影者:jbom411さん

 赤とんぼ 三木露風作詞)

夕焼、小焼の、

赤とんぼ、

負われて見たのは、

いつの日か。

 

山の畑の、

桑の実を、

小籠(こかご)に、つんだは、

まぼろしか。

 

十五で、姐(ねえ)やは、

嫁にゆき、

お里の、たよりも、

たえはてた。

 

夕やけ、小やけの、

赤とんぼ。

とまっているよ、

竿の先。

                     

三木露風『小鳥の友』より *1

 

 日本の多くの方は、この名歌に郷愁の想いを抱くのではないでしょうか。

 この曲は、7歳で母親を亡くした三木露風(1889-1964)*2が遠い故郷と亡き母を忍んで作った詩に、山田耕筰が音楽をつけました。

 心掴まれるような抑揚が印象的な旋律で、誰もが口ずさむことのできる名曲です。

 「赤とんぼ」という言葉は、当時は「あ」にアクセントがあったので、それに準じて音楽も「あ」の音程が高く、「か」以降の音に低い音程が与えられてこのメロディーになっています。*3
 もしも今のアクセントで作曲されていたら、全く違った曲になっていたでしょうね。どんな曲になっていただろうと考え巡らすもまた面白いかもしれません。

 

 小さい時に母や姉に背負われていた時

近所の公園で花や石ころを集めて駆け回った時

赤く染まる陽を浴びて家族で手をつないで帰った時

・・・

 

 口ずさめば、自分の中の様々な思い出が脳裏に駆け巡ります。 

 姉の年齢は十五ではありませんが、姉やが嫁にゆき、懐かしい日々に想いを馳せた初秋のある日でありました。

 

 

 最後に、私が尊敬する素晴らしい作曲家兼ピアニストの山中惇史くんが編曲した『赤とんぼ』を是非ご紹介したいと思います。
 私は、惇史くんのピアノと大江馨さんのヴァイオリンによるこの素晴らしい演奏を初めて聞いた時、自然と頬に涙が伝い、美しい音楽に触れて感謝の気持ちで心が満たされました。それ以来、この演奏を折に触れては聴いています。

 きっと皆様の郷愁の心にも、そっと触れてくれてくれることと思います。

 

『赤とんぼ』 Violin-大江馨 Piano-山中惇史
『赤とんぼ』大江馨 山中惇史  「Red dragonflies (Japanese traditional song) 」Kaoru Oe Atsushi Yamanaka

。お二人の演奏が聴けるCDもあるようなので、リンクも掲載しておきます

ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲

 

 読んでくださりありがとうございました。

 それでは、また。

 

   小玉友里花

*1:『小鳥の友』(童謡詩人叢書 ; 第3), 新潮社に従い、現代仮名遣いに改めたものを表記致しました。

*2:三木露風(みきろふう):詩人・童謡作家・歌人。近代日本を代表する詩人で、童謡の多くは山田耕筰によって作曲されたものがよく知られています。三木露風についてのおすすめの書籍:『三木露風の歩み―三鷹で暮らした「赤とんぼ」の詩人

*3:昭和18年日本放送協会から刊行された『日本語アクセント辞典』において「赤とんぼ」の「あ」にアクセントがありますが、現在のバージョン(『NHK日本語発音アクセント辞典』)では「かと」にアクセントがあるとされています。

知られざるショパン歌曲

こんにちは。

暑さが少しずつ和らぎ、夜はとても過ごしやすくなって参りましたね。
「今年の夏は暑かった」と毎年のように言っていますが、それでもやっぱり「今年の夏は暑かった」ように思います。

寒暖差に人一倍弱いのに、早くも次の季節を待ちわびる小玉友里花です。

 

今回は、世界中が愛してやまない大作曲家ショパンの、あまり知られていない魅力についてお話をしたいと思います。 

 

フレデリック・ショパン−生誕210年

 今年、2020年は、フレデリック・ショパンFrédéric Chopin (1810-1849)の生誕210年の年にあたるそうで、この春には東京では練馬区美術館ショパン展が開催されていました。(現在は静岡市美術館で開催中のようです。)

 私も足を運んだのですが、とても素敵な展示会で、ショパンの生きたワルシャワの当時の様子や、よく見慣れたショパン肖像画の日本初公開や、自筆譜も目にすることができました。 

 個人的にとても面白かったのは、『24の前奏曲 24 Préludes』を聴いて得たイメージを絵画に描いた作品でした。実際に音楽と共に観賞するとイマジネーションが刺激されて、音楽の無限の可能性を改めて実感しました。(肝心な画家の名前をメモしておりませんでした…。もし静岡近郊にお住まいでご興味ある方はチェックしてみてくださいね。)

 

ショパンについて

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撮影者:Monika Neumann

 私が紹介するまでもないかもしれませんが、あらためてショパンについて。

 ショパンポーランドワルシャワに生まれ、後にフランスのパリで活躍しました。音楽史的に言えば、前期ロマン派の時代を代表する作曲家です。作品のほとんどはピアノ独奏曲が占めており、ピアノ表現の新たな時代を開拓したといっても過言ではありません。多種多様で美しい表現によって「ピアノの詩人」という異名まで付けられるほど、当時からその才能は非常に偉大なものでした。

 また、現代でも彼の名前を冠したショパン コンクール *1は世界のピアノストの憧れの舞台となっています。技術が進歩し、ピアノという楽器が時代と共に進化しても尚、表現を追い求めればキリがなく、ピアニストを駆り立て続けるような、謂わば金字塔のような存在であることが分かります。

 

 そんなピアニストにとっての憧れのショパンですが、実は歌曲があるのをご存知でしょうか?

 

『17のポーランドの歌』

 ショパンといえば思い浮かぶのはピアノ曲ばかりなので、「歌曲なんて書いていたの?」と思う方も多いと思います。

 実は、ショパンは人生の折に触れては歌曲を書いていたんです!

 

 数はそう多くなく、現在見つかっているだけで19曲ほどです。どれも聴きやすい美しい曲で、ピアノ曲のように壮大であったり力強かったりはせず、あまり華やかな作品ではないものの、素朴さが魅力的な楽曲が並びます。


 また、ショパン自身も、生前に自分の歌曲楽譜を出版することはなく、彼の死後に、友人のユリアン・フォンタナ Julien Fontana (1810-1867)の手により、歌曲全19曲のうち17曲が作品番号74番ポーランドの歌 17 Polish Songsとして世に出たのだそうです*2

 

 昨今では少しは聴ける機会もあるかもしれませんが、ポーランド語のハードルとショパン歌曲の知名度の低さが相まって、日本で聴ける機会はほとんどないかもしれませんね。私も今のところ、2011年に行われたマリエッラ・デヴィーア Mariella Devia の来日ソプラノリサイタルの中で、一度聴いたのが最初で最後の思い出になっています。

 いつか自分でも歌ってみたいのですが、まずは言語の発音から習得する必要がありますので、気持ちとしては今すぐ歌いたいけれど、やっぱり「いつか」歌うことになりそうです。

 

 今回はそんなショパンポーランドの歌 17 Polish Songsより、第12曲「いとしい人」という曲をご紹介します。


Moja pieszczotka (いとしい人) 


Frédéric Chopin - « Moja pieszczotka» - Teresa Zylis-Gara

 

−歌詞−

いとしい人 君はご機嫌だと
鳥のように甘くささやき、歌いはじめる
その幸福の時を 一言も聞き漏らしたくないから
僕はただ黙って、返事をしない
僕はただ聞いている、聞いているんだ。


彼女は話しているうちに瞳を明るく輝かせ
ほっぺを果実のように赤く染め
真珠のような歯を サンゴのような唇から覗かせると、
ああ!そしたら僕は彼女の瞳をじっと見つめて、
唇に心も奪われて、もう声なんか聞こえず、
キスしたい、キスしたい、キスしたいだけさ!

 

 

   − 作詞:アダム・ベルナルト・ミツキェヴィチ Adam Mickiewicz (1798-185)

 

 ※歌詞は英語詩から邦訳しましたので、原詩とは異なるところもあるかもしれません。ご容赦ください。無断転載等はご遠慮ください。

 

 聴いていただいて分かる通り、素朴で聴き馴染みが良いメロディですよね。

また、若い青年の初々しいトキメキが音楽と共に徐々に高まっていく様子がなんとも愛らしい一曲です。随所にショパンらしい音使いもしっかり見えますし、寧ろこのショパン”らしさ”が私たちに馴染み深く響いてくるのかもしれません。

 ショパンの歌曲は先ほどもお話した通り、死後に集められたものなので、作曲の経緯や、曲が書かれた詳細な時期がはっきりとはわかっておりませんが、研究によっては、「僕のいとしい人」はおそらくショパンが恋した幼なじみのマリア・ヴォジンスカMaria Wodzińska (1819-1896) へ贈られた曲だとも言われています*3

  

 今回ご紹介した『ポーランドの歌』ですが、私の大好きなソプラノ歌手ディアナ・ダムラウDiana Damrauが、「Diana Damrau -Lieder」のCDアルバムで、8曲目「すてきな若者 Śliczny Chłopiec」, 10曲目「つわもの Wojak」, 16曲目「リトアニアの歌 Piosenka litewska」の三曲を歌っています。

彼女の溌剌とした歌唱もすごくおすすめです。

 

 楽譜に関しては、ポーランド音楽出版社から出ている「ショパン歌曲集」の楽譜を使うのが一般的なようです。(リンクは日本語解説付きのものを載せておきますね。)

 それから、「ポーランド声楽曲選集 第1巻-ショパン歌曲 」の楽譜ですと、楽曲解説に加え、ポーランド語歌詞にカタカナでの発音解説がついているようで、私を含め、ポーランド語初心者にはこちらがいいのかなと思います。
(本当は発音記号の方が好ましいですが、まずは気持ちよく歌ってみる方がスムーズに音楽に触れられてとっかかりにはなります。)

 

結び ー音楽と出会う喜び

 すでに200年以上の時が経ったことを忘れて、当時のファンと同じように新鮮に音楽を楽しむことができる。 それって本当に素敵なことですよね。

 私がクラシック音楽を愛する理由も実はそういうところにあって、時代も場所も全て飛び越えて、音楽の魅力を自分なりに発掘することは、現代の音楽とはまた違った感動があるんです。
 そして、新しい楽曲を知ったときには、昔の人たちが大切に守ってきた音楽を「自分自身の楽器で演奏できるかもしれない」ことに言い知れぬロマンを感じれるのです。これは演奏家ならではの感覚かもしれませんが、演奏家でなくても、クラシック音楽をもっと気軽に、誰でも口ずさんでみれたら素敵だと思うんです。

 自分でもまだ歌えない曲を紹介しておいて、何を言っているんだか、という感じですが、このブログによって、今後もいろんな音楽を知るきっかけが作れたら良いなと思っています。

 

 話が周り道してしまいましたが、今回、作曲人生の多くをピアノに傾いできたショパンの、あまり知られていない隠れた魅力をみなさまに共有出来たなら嬉しいです。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

それでは、また。

 

小玉友里花

 

 

 

*1:ショパンの故郷であるポーランドの首都、ワルシャワで5年に一度、ショパンの命日である10月17日の前後3週間に開催される国際的に有名なコンクール。現在も続く国際音楽コンクールの中では最古のもの。

*2:中河原理著「声楽曲鑑賞辞典」東京堂出版 1998

*3:小坂裕子著「ショパン 知られざる歌曲集英社出版 東京 2002 89頁より

水芭蕉のような人

こんにちは。

暑い暑い夏の真っ只中ですが、いかがお過ごしでしょうか。

自粛の夏が続き、お家の中で夏を感じられることはなかなか少ないですよね。

かくいう私も同じで、夏の歌を歌って風物を楽しんだり、涼をとったりしております。

今回、「ゆりめぐチャンネル」にて、中田喜直作曲の「夏の思い出」を公開しましたので、良ければ是非、私たちの歌で夏を楽しんでみてくださいね。

 

「夏の思い出」-Youtube


《夏の思い出》リモートで二重唱してみました。ソプラノ–小玉友里花、メゾソプラノ–松浦恵

 

中田喜直という作曲家

さて、《夏の思い出》は中田喜直の代表作とも言える楽曲で、クラシックファンのみならずたくさんの方に愛される曲ですよね。

この曲を聞くと、優しい心持ちになり、どこか郷愁の想いすら感じさせます。尾瀬の出身でもないというのに・・・不思議です。

そんなあたたかい作風ですから、優しくてロマンチストでとっても柔らかいお人柄の方が作曲したのだろうな、と漠然と思っていましたが、実際の中田喜直その人は、少しイメージと違うようです。

中田喜直をよく知る人曰く、時に頑なに自分の意見を押し通すような、非常に合理主義者でリアリストだったとのこと。

 

例えば、社会問題や政治に対する国民の意見を掲載する、読売新聞の投書欄「気流」のかなりの常連投稿者であったり、当時には珍しい嫌煙家で、とある会議の場では、幾度にわたって喫煙のTPOについて力説し、当時会議中にタバコを吸うことが少なくなかった時代にも、果敢に抗議し会議室の灰皿を撤去させるなど、断固として自分の主張を押し通す気概があったようです。*1

 

「夏の思い出」だけではなく、そのほかにも多くの中田歌曲を歌ってきましたが、音楽からはあまり感じてこなかった印象なので、意外なお人柄に驚きます。

 

牛山剛氏*2著書《夏が来れば思い出す–評伝 中田喜直で、「夏の思い出」の歌詞になぞらえて、中田喜直は「水芭蕉のような人」であったと述べています。

 

先ほどの動画でも登場しましたが、改めてご紹介すると、水芭蕉とはこのような見た目の花です。

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水芭蕉の花 撮影者: irexi_co

花言葉も「永遠の思い出」や「変わらぬ美しさ」といった上品なもので、湿地帯に咲く白い清純な姿は、どこか可憐で奥ゆかしさも感じますよね。

しかし、この白い部分、実は花ではなく、葉の一種であり、実際はその中にある粒々とした黄緑がかった部分が花なのだそうです。そして、この白い葉の部分にはシュウ酸カルシウムが含まれていて、肌に付くとかゆみや水ぶくれを起こすことがあるとのこと。さらに、根の部分にもアルカロイドという嘔吐などを引き起こす物質も含まれているそうです。

 

一見するととても美しい水芭蕉が、この美しい白いヴェールとその下に密かに毒を含んでいる。この特徴が ”美しい音楽を生み出す作曲家中田喜直の隠された合理主義的気質” と非常によく似ていることから、中田喜直はまさに水芭蕉の人だ」と牛山剛氏は述べたわけです。

 

また、中田喜直の同級生だった声楽家・畑中良輔*3氏も著書『日本歌曲をめぐる人々*4の中で、中田喜直との学生時代の思い出を多く語っています。

その中で、ある日畑中邸に中田喜直訪れた際のこと、畑中氏の姉が作ったチキンライスを出したところ、彼はグリンピースを箸で一粒一粒皿の端に避けて食べ、グリンピースが嫌いなのかを尋ねると、「嫌いじゃないんですけど、この皮が消化に良くないので...」と一言。

彼は食べ物にかなり注意深く、苺のつぶつぶまで避けて食べていたほど、消化に悪いと言われるものはよほどなことがないと口に入れなかったのだそうです。

 

私だったら、嫌いではない食べ物なら人にご馳走になる一食くらい、出されたまま食べそうですが、この信念強さ...驚きです。

しかし意外な共通点なのですが、実は私も小学生の頃グリンピースが大嫌いで、皿の端にコロコロと避けては食べている幼少期でした。私の場合は単純に嫌いだから残すという悪ガキ風情のそれでしたが、ちょっとした共通点を見つけてほっこりしました。ちなみにグリンピース、今はちゃんと食べられます。

 

それはさておき、エピソードを聞くにつれ、ますます中田喜直の事が興味深くなってきます。

 

異彩を放つ作曲家・中田喜直になぜ人々は惹かれるのか。その理由が少し理解できたような気がします。

自分が思う理想にひたすらに突き進む信念の人であった中田喜直だからこそ、あれだけ多くの優れた楽曲を世に生み出し、未だなお高い人気を誇っているのでしょう。

 

中田喜直や作品について、山のように語りたい事があるのですが、それはまたの機会に。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

それでは、また。

 

小玉友里花

*1:牛山剛著「夏が来れば思い出す -評伝 中田喜直」新潮社 東京 2009

*2:牛山剛…東京大学文学部(美学美術史科)卒業。テレビ朝日の音楽プロデューサーとして「題名のない音楽会」などを制作。

*3:畑中良輔…日本を代表する声楽家バリトン歌手。音楽教育の他に作曲家・詩人でもあった。詳しくはこちら(Wikipedia)

*4:畑中良輔著『日本歌曲をめぐる人々』音楽之友社 東京 2013